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私立大文系入試に数学必須化の流れ

【実社会で求められる数学など自然科学の素養】
近年、文系学部で数学を必須とする入試を行う私立大学が増えています。早稲田大の政治経済学部が、2021年度入試から数学を必須科目としたことは大きな話題となりました。さらに慶応大の経済学部、上智大の経済学部、中央大の法学部・国際経営学部、青山大の経済学部などでも数学必須の入試方式を採用しています。私立大文系学部入試での数学必須化の流れの背景を考えてみました。

【「文系には数学は必要ない」と決めつけていませんか】
文系学部といっても経済学部や経営学部、商学部などでは数学が苦手だと、入学してから苦労することがあります。たとえば経済学部は、経済活動の仕組みを理解し、国や企業さらに世界で生じている経済問題の解決を追求する学問ですが、解決するにあたって難しい数式や統計学が頻繁に登場します。経済学部は数学を最も必要とする文系学部といってもよく、統計データを論理的に分析するなどのプロセスでは不可欠で、その基礎となるのは高校数学です。
文部科学省は2023年、国公立大学と私立大学の入試改善を促す指針を発表しました。国公立の大学入試では、原則5教科7科目が求められます。しかし私大文系学部では、受験生を集めやすい入試科目の設定という事情もあり、入学してからの学習に数学が欠かせないにもかかわらず数学を問わない大学が大半でした。ところが最近になって「学びに偏りができてしまう」という声が高まり、今回の措置となったと思われます。
さらに最近では、AI(人工知能)や、数学やプログラミングなどの理論を活用して、膨大な量のデータの分析から有益な方法を導き出すデータサイエンスが重要視され、データサイエンス学部やグローバル共創学部など文理融合型の学部が注目を集めています。情報を駆使することで課題解決への糸口を探る現代社会では、文理のバランスのとれた総合的知識と数学的素養が求められており、入試の数学必須化の流れは今後ますます強まってくることが予想されます。
このため「文系だから数学は必要ない」と早々に割り切ってしまうと、将来の進学先や就職先で思いがけない壁にぶち当たることになりかねません。法律や政治について学ぶ法学部についても、感覚ではなく確固とした論理や統計に基づいて考える必要があるため、数学の力が求められます。教育学部では、どうすれば相手にわかりやすく伝えられるかというスキルが重視されます。こうしたスキルは一種の論理の組み立てともいえるので、数学でいう証明の学びが生きてきます。

【「数学はどれほど重要なのか」――文系研究者の回答】
少しデータは古いのですが、理学・農学、工学、医学、複合領域そして文科系といった5つの分野を研究する人を対象に「算数・数学の内容の重要性」についてまとめられた調査結果を紹介したいと思います(「算数・数学では何をいつ教えるのか―算数・数学教育の内容とその配列に関する調査報告書」国立教育政策研究所2005年調べ)。
この調査では、小学校レベルの算数から高校の数学までに学習する内容を「(3)分数とその計算」「(6)複素数とその計算」「(13)図形とその性質」「(16)比例・反比例とその使い方」「(22)確率・統計」「(20)微分・積分」などの25項目に分類して、各人がそれぞれの分野の研究を進める上で、算数・数学で学んだ内容がどれほど重要性を持っているか、と質問しています。
「あなたの専門にとって、どのような算数・数学の内容を理解することが重要ですか。(1)から(25)のそれぞれについて、(1.とても重要である)(2.比較的重要である)(3.あまり重要でない)(4.まったく重要でない)の中から、あなたの考えにもっとも近いものを1つ選んで、その番号を〇で囲んでください」という質問です。
図1は理学・農学を、図2は工学を研究する人たちの回答です(回答者数は理学・農学が86人、工学が58人)。図に示された%は、それぞれの項目について(1.とても重要である)(2.比較的重要である)と答えた人の比率です。
 たとえば図1で、「(17)関数とその使い方」(直線や曲線のグラフで表される1次関数、2次関数など)は、86人中85人=98%の人が「とても重要」「比較的重要」と考えているということになります。
図1 、図2を見ると、理系の領域を研究する人たちには、高校までの数学のほとんどの項目がそれぞれの専門の中で重要であることがわかります。共通して重要度が低いのは「(
25)数学史」で、その他は図1で「(6)複素数」の重要度はやや低いという程度です。当然ですが、理科系の分野で専門に研究しようと思ったら、高校数学のほとんどが重要で、役に立つということがわかります。
それでは図3の文科系を研究する人たちの回答はどうでしょう(回答者数93人)。平均や散らばり方を求めるといった「(15)データの傾向」が重要だと答えた人が91%、棒グラフや円グラフを描いたり読み取ったりするなどの「(14)グラフや表」が重要だと答えた人が88%、推測統計や確率分布などの「(22)確率・統計」も65%の人が重要だと答えています。図3の回答者からは、数学で学んだことを具体的に使う場面についてもコメントが寄せられています。経済学の研究者は「経済学の原論および多くの実証分野でも使う」、会計学の研究者では「会計学、管理会計は数学が必要な学問領域である」と答えています。
文学や史学、心理学などの分野の研究者からも次のような回答を得ました。「論の組み立てや仮説の提唱時に数学的な考え方をしている」(国語学・国文学)、「文学や文化を解釈・理解し、自分の考えを立証しようとする際には、どうしても客観的資料として数字や表・グラフを使用する」(外国文学)、「データ解析や実験調査の結果をまとめる際に必須」(心理学)、「統計資料は研究や講義によく使います」(社会学)、「グラフ・図表の作成。三角関数に基づく測量」(考古学)、「論理学は数学なしには現在通用しません」(哲学)…など。
このように文系の分野でも、社会統計の調査・実験データ(人口や所得など)を統計的に整理・分析し、グラフや図表を使ってデータの特質を読み取るような場面は多いといえます。また、数学を習得することで鍛えられる論証能力を活用するという点でいえば、ほとんどすべての分野で算数や数学が必要とされるということがわかると思います。

【数学的素養のあるバランスのとれた人材が求められる】
こうしたデータをみると「研究者に数学が必要なのは、わかったような気がする。しかし、一般企業に勤めるのなら、微分・積分とかは日常生活に必要ないんじゃないの?」という声が聞こえてきそうです。
確かに実生活で微分・積分や対数関数、複素数が直接的に必要となってくる場面はほとんどないかもしれません。しかし数学を学ぶことによって得られる知識や論理的思考力、多面的なものの見方、事実に基づいた論証といった数学の素養は、研究職に進んでも一般企業に就職しても公務員になっても、そして家庭で家事や育児を日々こなす立場になっても、どんな人生を歩むにしても必ず必要となってくるものです。
多くの企業や自治体は、就職試験に能力検査を導入していますが、そこでも数学の素養が問われます。「どのようなプロセスで考えれば答えが出そうかを合理的に考え、効果的・効率的に処理していく能力」が問われており、数的処理や論理的思考を測る問題が出題されます。就職後も営業職や銀行や保険関係の仕事につけば数学が必要となりますし、こうした業種においては熟練するにつれて数字が意味するところを即座に把握できる数的センスが必要となってきます。公認会計士などは数学の学びが必須である資格試験にパスせねばなりません。
文部科学省と経済産業省は、数学をはじめ自然科学の重要性を示す報告書「数理資本主義の時代~数学パワーが世界を変える」というレポートを出しました(2019年)。そこには、IT機器の普及やAI、ビッグデータの活用によって現在進行中の「第四次産業革命」を主導し、さらにその先へと進むためにどうしても欠かすことのできない科学は「第一に数学、第二に数学、そして第三に数学」と記されています。
さまざまな情報が行き交い、サイバー(仮想)空間と現実空間が融合するといわれるこれからの社会においては、膨大な顧客情報や購入履歴をマーケティングに役立てたり、気象や地震について蓄積したデータを分析して災害予測を行ったりするなど、データの力を経済の発展や社会課題の解決に結びつけられる数学的素養のある人材が求められています。

【日常生活の問題解決に役立つ数学】
『なぜ数学を学ぶのか』(竹内英人著、岩波ジュニア新書)という本に、「数学の本質は論理性と自由性」にあると説いています。その理由を箇条書きにしてみます。
・数学は「公理」という土台の上に立って、あいまいな結論が出てこないように構成されている学問である。
・「公理」とは、ある答えを導き出すための最も基本的な前提のこと。例えば「a=bなら、a+c=b+cである」「三角形の内角の和は180度である」など。
・求められる答えは一つであり、それを導き出すためのアプローチは厳密な論理により構築されている(=論理性)が、その方法は一つではない(=自由性)。
答えを求めるまでのアプローチの方法は必ずしも一つではない―「数学の本質」を表わしたこの文章、なんだか私たちの日常生活の場面に似ていませんか。ある問題を解決しようとするとき、多くの人はいかに効率よく解決できるかを考えるはずです。そのためには問題を整理し、筋道を立てて論理的に考えることが必要ですが、その方法は必ずしも一つとは限りません。どうでしょう、数学での学びが私たちの生活の多くの場面に生きている、そんなふうにはいえないでしょうか。
私立大学文系入試の数学必須化の流れは、社会的要請に基づいたものだといえます。情報化社会の進展で、数学を駆使する分野は拡大する一方です。数学を習得して数学的素養を身につけることは、今後の日常生活に大いに役立つことでしょう。実社会において数学を始めとした自然科学の素養はますます強まると想像されます。

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