1. ハイスクールタイムス
  2. 記事一覧
  3. 「2024年問題」を乗り越えるために

「2024年問題」を乗り越えるために

【物流業界を取り巻く改革】
私たちは日常的にコンビニエンスストアで飲み物や食べ物を買ったり、スーパーや商店街で野菜や日用品を買い求めたり、インターネットで本や飲料を購入したりしています。これらの商品は生産地や加工された場所からコンビニやスーパー、商店に運ばれてきたからこそ購入ができます。またインターネットを通じて注文すれば、クリックひとつで商品が自宅までトラックで届けられます。こうした私たちの暮らしを支える商品の運搬や保管にまつわる仕事を「物流」といいます。物流業界は今、大きな転換期を迎えようとしています。

【国内の貨物輸送の9割はトラックに依存】
貨物の輸送量を表わす際、どれくらいの重量の貨物を運んだかをトンで表わす指標があります。2020年の日本の国内貨物総輸送量は約41億t、そのうちトラック輸送率は9割にあたる約37億tで、私たちの暮らしはトラック輸送の上に成り立っているといっても過言ではありません。いま、このトラック輸送に関して、物流が滞るかもしれないという「2024年問題」がとりざたされています。
コロナ禍の影響もあり、インターネットショッピングはすっかり私たちの生活に浸透し、個人向けの宅配は増えています。そうした少量多品目の製品を必要な時間に届けてほしいという消費者の要求に細かく応えるため、生産者から卸や店、消費者の手元に荷物を運ぶ回数が増えているのです。一方でトラックドライバーの数は減少しています。1995年には98万人のドライバーが就業していましたが、2030年にはほぼ半分の51万人にまで減少すると予想されています。
そして2024年4月から、物流業界にも働き方改革が適用され、ドライバーの労働時間の短縮が見込まれています。ドライバーの命や健康を守るためには不可欠な働き方改革ですが、このために日本のトラック輸送能力が減少し、物流が停滞し、私たちの暮らしに大きな影響をもたらすのではという懸念が広がっています。政府が発表した推計値では、現在の国内貨物総輸送量のうち2024年4月には14%が、2030年には34%の荷物が運べなくなるとされています。

【働き方改革でドライバーの労働時間が減少】
2015年に総務省は、2050年の日本の総人口は現在の1億2700万人から9000万人となり、生産活動において中心的な役割を果たす15~64歳の生産年齢人口は7000万人から5000万人になると発表しました。こうなると、日本の国の生産力と国力の低下は避けられません。また当時、社会で過労死問題が数多く表面化したことも拍車をかけ、政府はこのような状況を打破するために働き方改革に乗り出しました。
それぞれが働きやすい環境づくりの整備が必要とされ、短時間労働の創出や育児休暇の取得率向上などが取り組まれました。さらに、労働者一人あたりが生み出す成果を示す労働生産性の改善が求められました。労働生産性の向上には、労働者が効率よく、質の高い労働を行う環境整備が必要です。長時間労働の是正や、労働に見合った賃金制度の見直しなどが進められています。働き方改革の拠り所となる働き方改革関連法では、時間外労働(残業)時間の上限規制が設けられ、時間外労働をした場合に賃金を割増す率の引き上げが企業に義務付けられ、これらを守らないと企業側に罰則が科せられることになりました。
こうして2019年4月、働き方改革はスタートし、時間外労働の上限は原則として月45時間、年360時間と定められました(特別な事情があり、企業の経営者側と労働者側が合意した場合に限り、年720時間)。ただ自動車運転業については、深刻な長時間労働が広く常態化していた状況を考慮して長期的な見直しが必要とされたため、5年の猶予期間が設けられました。その実施期限が来年4月に迫っているのです。
自動車運転の業務は、ひとまず時間外労働の上限を年960時間とする基準が設けられました。しかし、これをひと月あたりにならしても月80時間となり、これは厚生労働省が過労死をもたらす基準とした「1カ月あたり80時間を超える時間外労働」にあたります。ドライバーの平均労働時間は、わが国の全産業と比べ2割も多くなっており、実際に健康被害や過労死も起きています。このように深刻化しているドライバーの労働時間の短縮は一刻も早く取り組まれなければならない課題です。

【直面する課題に対する政府の方策】
この課題を乗り越えるためにどのような方策が準備されているのでしょうか。政府は業界団体や専門家などを集めて検討会を開き、対策を議論してきました。2023年6月に
・物流の効率化とデジタル化の推進
・荷主(物流を依頼する人・会社)の対応と消費者の意識改革
・ドライバーの賃金水準の向上
を柱に「物流革新に向けた政策パッケージ」として構想をとりまとめました。
まず、2024年度に新東名高速道路の静岡県内の一部区間約120㎞に自動運転車両の専用レーンを設ける予定です。近い将来の、完全無人運転トラックを用いた物流サービスの提供をめざしています。次に、大型トラックの後ろにトレーラーの荷台部分をつなげ、運転手1人で2台分の荷物を運べるダブル連結トラックの導入促進も進められています。ただしダブル連結トラックは全長約25mになるため、安全確保対策が不安視されています。また、中型以上のトラックを対象に高速道路での最高速度引き上げを検討中です。現在時速80㎞である規制を緩和して走行時間を短縮できれば輸送効率は上がるという計算ですが「規制緩和して速度を上げれば事故率は高まるのでは」と心配する声もあります。その他ドローンを使う物流、自動配送・荷下ろしロボットの活用の推進などの構想があげられています。しかし今のところどれも、安全性が確保された、安定的な代替策とは言い切れないのが現状です。
省エネ・脱炭素化推進の視点から、長距離輸送の部分に鉄道や船舶を利用する輸送方法である「モーダルシフト」への変換も解決策の一つといわれています(図1)。モーダルシフトはトラック長距離輸送に比べて環境負荷が小さいとされ、1tの貨物を1㎞運ぶときに排出されるCO2の量は、トラック216g、鉄道20g、船舶43gです(国土交通省)。ドライバーの負担も軽減でき、鉄道や船舶は大量一括輸送に適していることから、政府が近年推し進めていますが、輸送時間やコストの面などからなかなか大きく広がってはいません。

【荷主であるメーカー・運送業者の対応】
一方、荷主であるメーカーも早速対策に乗り出しています。トラック1台にどれだけ効率的に荷物を積んでいるかを示す積載率は、欧米が60%くらいなのに対し、日本は40%程度です。近年日本の多くのメーカーでは工場に置く原材料や部品などを最小限にして在庫管理のコストを削減し、必要なものを・必要なだけ・必要なときに作るという生産方式を取り入れています。さらに大小さまざまな商品を指定配達時間などの細かいニーズに合わせて運ぶ宅配便の急増もあって、トラックによる輸送が多頻度・少量化し、1台のトラックに荷物を効率的に積み込めていないことが積載量の低い要因のひとつとされています。そこで、複数の社の荷物を1台のトラックに混載して運ぶ共同配送や、配送先から帰ってくる際にも荷物を積み込むなど、一度のトラック運行で運ぶ量を効率化する工夫が進められています。食品・日用品メーカーでは各社が協力して商品を入れる箱の大きさを同じにして積載率を改善する取り組みも始められています。
ドライバーの待機時間の短縮も大きな課題です。荷物を受け取り、保管する物流センターや倉庫では、荷物の積み下ろしなどで順番を待つトラックが長い列を作り、納品まで長時間待つケースがあります。これを解消するためインターネットでドライバーが事前に時間を予約し、時間帯を分散する試みも行われています。また、人工知能(AI)を活用して、メーカーが商品を出荷した時点で各トラックが運ぶ商品や荷物量のデータが卸や小売店舗と共有され、これまでの細かな検品作業が不要となる取り組みもスタートしました。
運送業者ではサービスの見直しをしています。ドライバーの負担を減らすために、翌日配達可能なエリアを縮小する動きが広がりました。長距離輸送については交代のドライバーが同乗したり、また別方面から乗ってきたトラックを中継点で交換するなど、2人で分担する取組みも始まっています(図2)。こうした取組みを推進するため、物流量の多い首都圏や関西圏と生産拠点を結ぶ地点に、国土交通省や物流会社が中継拠点を作る試みが始まりました。これまで車中泊で1日間かけて運んでいたケースでも、日帰り可能となる範囲に中継拠点を設けることで、ドライバーの負担が大きく減るものと期待されています。

【私たちができることも】
私たち消費者も無関係ではありません。送料無料の表示は、消費者にとって魅力的な言葉ですが、現実的には物流に携わる人々がいてその結果商品が届くわけで、その間の労働が無料ということはあり得ません。運送業は多くが中小企業であり、直接のお客様である荷主に対する交渉力においても決して立場が強いとは言えず、送料無料をうたう荷主のサービスがドライバーの賃金に影響するのであれば問題です。荷主側と運送会社側とに働きかけ、ドライバーが正当な報酬を得ることのできる環境を整えることも、政府の大きな役割といえます。
再配達に関する問題もあります。国土交通省によると2022年10月の宅配便の再配達率は約12%で、前述の政策パッケージはこれを6%にすることをめざしています。指定した時間の在宅時間を守る国内の貨物輸送の9割はトラックに依存ことや、予定が入った場合の受け取り時間の変更はもちろん、コンビニなどでの受け取りサービスも活用が可能です。私たちにもできることはたくさんあります。
長距離の運送から近距離の宅配まで、物流は現代社会の根本を支える存在です。社会全体で問題を共有して、これまでの意識を少し変えてできることから取り組むことが必要です。

この記事のタグ一覧