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オーバーツーリズムをめぐる問題

【市民生活に深刻な影響】
猛威をふるった新型コロナウイルス感染症が落ち着きをみせ、行動制限が解除されたことで、多くの観光地がにぎわいを取り戻しています。しかし観光客が集中する一部の地域では、交通機関の混雑や交通渋滞、マナー違反によるゴミのポイ捨てや騒音など、地域に暮らす人々の生活に深刻な影響が出ています。こうした現象は「オーバーツーリズム」(観光公害)と呼ばれています。

【訪日外国人旅行者の急増で注目】
日本でオーバーツーリズムが注目された要因のひとつに、インバウンドと呼ばれる訪日外国人旅行者の急増があげられます。訪日外国人旅行者数の急増が顕著となったのはここ10年ほどのこと、2010年代に入ってからです。
その理由はいろいろ考えられますが、まずビザの発給要件の緩和が挙げられます。外務省は観光客誘致などの効果を見込んで、ビザ発給要件の緩和を実施しました。それまで年間400~600万人だった訪日外国人は2013年に初めて1000万人を突破しました。グラフ1を見ればわかるように、以後驚異的な伸びを示しています。
もうひとつの理由として、急激な「円安」の進行があげられるでしょう。円安とは、外貨に対して円の価値が下がっている状態のことです。たとえば仮に、アメリカドルと日本円の相場が「1ドル=100円」から「1ドル=150円」となった場合、これを円安といいます。1ドルのジュースを今まで100円で買えたものが、円安が進むと同じものが150円出さないと手に入らないということになるわけです。逆の立場で見ると、日本国内で今まで10ドルで1000円のランチしか食べられなかったのが、10ドルで1500円のちょっとリッチなランチが食べられることとなります。ドルなど外貨を使う訪日外国人旅行者にとっては〝お得な〞状況といえます。
また近年、観光地として日本の人気が高まったことも挙げられると思います。日本には歴史を感じられる建造物をはじめ、北海道から沖縄まで自然を満喫できるスポットなど、趣の異なるたくさんの観光地が存在します。ユネスコ無形文化遺産に登録された和食や、高品質で定評ある日本製の電化製品など、日本独自の文化や製品を求める外国人旅行者も少なくありません。何度も日本を訪れる外国人旅行者も増えており、2017年観光庁の調査では、日本を訪れた外国人旅行者のうち、訪日回数が2回以上の旅行者は61.7%を占め、日本人気をうかがわせます。

【混雑により、地域の生活に悪影響】
こうした訪日外国人旅行者の急増に加え、国内でも旅行者が増加したことで、2010年代の初めには各地の観光地とその周辺へ国内外から観光客が押し寄せました。こうした状況はコロナ禍で移動に制限がかかって一時落ち込みましたが、日本人の旅行者は「GoToトラベル」など政府による国内旅行の需要喚起策の効果もあり、2022年秋ごろにはコロナ禍前の水準を回復。コロナ禍が落ち着き、行動制限が解除されると再び国内外からの旅行者数が急増しました。近年ではスマートフォンやデジタル機器が普及し、旅行先の多様化が進む中で、今まで観光地として認識されていなかった場所がSNSなどで突然注目され、またそこに国内外の観光客が殺到することで、オーバーツーリズムの問題は一層加速することになりました。
オーバーツーリズムで引き起こされる主な問題は、観光スポットとその周辺が混雑し、その地域に住む人たちの暮らしや移動に著しく悪い影響が出てしまうことです。観光地にとって、多くの観光客が訪れて宿泊や食事、お土産などの売上げが増加することは本来なら歓迎すべき事柄です。また観光関連業者にとっては、商売が潤うとそれに伴った労働力の手当ても必要となり、経済効果や雇用創出といったプラス効果も期待できます。しかしそれが過度となると、労働力の確保が困難となり、サービスが追い付かなくなることになりかねず、それが観光客への満足度低下につながるケースも出てきます。
観光地に住む人からは「旅行者がたくさん訪れてくれることは観光関連のお仕事をやっている人はありがたいでしょうし、地元としても誇らしいけれど、日常生活に影響が出るのは勘弁してほしい」といったような声が上がり、観光客からは「景観や町の雰囲気は素晴らしいけれど、人が多すぎてゆっくりできなかった。お店のサービスも何かしら機械的で丁寧じゃなく残念でした」といったような声も上がっています。

【代表的観光地の京都、鎌倉の場合】
国内有数の観光地である京都を訪れる観光客はコロナ禍で激減していましたが、2022年は京都市の人口の約30倍にあたる4360万人以上が訪れました。市内には観光地が点在し、市中に細かく路線が張り巡らされた運賃の安価なバスは観光客も利用しますが、大きなキャリーバッグを数個持って乗り込む旅行者も少なくなく、たとえば通院の手段としてこれまでバスを利用していた高齢者や、ベビーカーを使う人が乗り切れないといったようなケースも後を絶ちません。また、ごく一部の無自覚な観光客によるマナー違反も問題となっており、ゴミの路上放置も増加しています。文化財である神社仏閣の建造物への落書きなど器物損傷にあたるケースや、古都の代表的イメージともいえる舞妓さんを撮影しようと追い掛け回すケースも見られます。京都市はバスを増便したり、地下鉄やJRなど観光客の移動の分散を図ろうと次々に対策を打ち出しましたが、目立った効果は出ていません。交通業界や観光業界は人手不足に悩まされています。複数の外国語でゴミのポイ捨て禁止などの注意書きを掲示したり、警備員を配置したりと、もろもろの対策に大わらわですが、改善への確かな道筋は見い出せていません。
鎌倉でもあちこちで問題は発生しています。そのひとつ、人気アニメの1シーンのモデルとなったといわれる江ノ島電鉄のある踏切周辺では、歩道だけでなく車道にまで観光客があふれています。自宅前にたくさんの観光客が座り込み、人が多くて地元民が歩道を歩けなくなるケースや、アニメのシーンそのままの、お気に入りの角度から写真を撮ろうとして一般住宅の敷地内に侵入するケースも起きています。鎌倉市は対策として、人が集中するスポットに警備員を常時配置して観光客に注意をうながしたり、パトカーが停車して「道路に飛び出たり、立ち止まったりするのは危険。ルールを守って」などと呼びかけていますが、なかなか改善されていないのが現状です。

鎌倉・江ノ島電鉄踏切付近にカメラを構えた観光客が殺到
内外からの観光客で長蛇の列ができる京都駅前の市バス乗り場

【海外の観光地でも問題に】
こうしたケースは、日本だけの現象ではありません。海外でも起こっています。ガウディーの傑作建造物サグラダファミリアで知られるスペインのバルセロナでは、1年間に市民の20倍にのぼる観光客が訪れたとされ、交通混雑や騒音のほか、物価の上昇により市民が定住できるマンションやアパートが減少したり、治安への不安などから、市民が観光を〝侵略〞と呼び、断固たる対策を政府に求めるデモも起きています。また、水の都として有名なイタリアのベネチアでは、大型クルーズ船の乗り入れが相次いだことから大型船が起こす強い波によって市街地の岸壁などが傷つき、生態系を破壊する危険性があるとしてデモが起きました。これらのケースでは相談を受けた自治体、国が一緒になって規制を強化したり、予約制や許可制、地域への入域料を徴収するなどの強制的な対策が取られています。

スペイン・バルセロナでの反観光デモ。「これは観光ではない。侵略だ」というプラカード

【独自の対策を進める自治体】
一方、日本では自治体の自主的な対応に頼り気味で、国による効果的な取り組みが遅れていると指摘する声もあります。政府は2023年10月、ようやく観光立国推進閣僚会議を開いてオーバーツーリズムに関わる問題の対策案をまとめました。「地域自身があるべき姿を描いて、地域の実情に応じた具体策を講じることが有効であり、国はこうした取り組みに対し総合的な支援を行う」としたものの、本格的な論議や実施はこれからで、オーバーツーリズム問題解決に即有効であるかどうかは未知数です。
こうした中、より踏み込んだ対策を独自で始めた自治体も多くあります。たとえば、丘陵地帯に広がる農村風景が写真映えすると人気の北海道の美瑛町は、観光客が写真を撮るため私有の農地に立ち入り、生活道路や農道への違法駐車で住民生活に支障が出ています。この現状を解決するため、私有地に入るとアラートによる注意を促したりするなどの対策に乗り出しています。合掌造りで知られる岐阜県の白川郷では迷惑駐車による渋滞やゴミ問題の対策として、完全事前予約制を採用しました。厳島神社がある広島県の宮島では観光客から1人100円を徴収する〝宮島訪問税〞を導入しました。

【持続可能な観光立国の実現を】
環境政策論を研究する田中俊徳・九州大学アジア・オセアニア研究教育機構准教授は「対策は山岳や海域といった自然観光地においても急務。環境破壊を防ぐだけでなく、観光客の安全を図るためにも必要。実際富士山では〝弾丸登山〞に伴う高山病や、落石による死亡事故も発生している。優れた自然景勝地を保護し利用推進を図る自然公園法、環境に配慮しながら地域の自然・文化・人とふれあう旅行推進を図るエコツーリズム推進法の積極的な活用が求められている」と話します。
北海道の知床五湖では自然公園法の制度に基づき、1日当たりの入域者数を制限し、ガイドの同行を義務づけました。また沖縄県の西表島では県や地元関係機関の話し合いで1日当たりの受入れ観光客数の上限を設定して旅行客の分散化をはかり、自然環境や住民生活への影響が少なくなるようにと工夫しています。
「内外の観光客を引きつけるには、幅広い人々の理解を得て、持続可能な形で観光を発展させていかなければならない」――政府が掲げる観光立国政策の基本理念が、各地で実現されることを願います。

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