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世界で相次ぐ月面探査

【月の南極に眠る資源「水」を求めて】
アメリカが人類初の月面着陸を果たしたアポロ計画の終了から50年を経た今、日本をはじめとする各国が、月面探査を立て続けに実施しようとしています。なぜ今、あらためて月面探査が盛り上がっているのでしょうか。最新の月面探査計画について調べてみました。

アポロ11号の乗組員が月の表面(レゴリス)上に残した足跡

【再燃した月面探査競争】
1972年にアメリカのアポロ計画が終了して以降、月探査は下火となり、冷戦が終結した1990年代からは、各国が共通で利用する国際宇宙ステーション(ISS)の建設と運用に各国の関心は集中していました。ISSは地上から約400キロ上空の宇宙空間にあり、2030年までの運用の継続が決まっています。
長年忘れられてきたかのような月面探査を再開したのは、急速な経済発展を遂げた中国でした。2003年に中国がはじめた嫦娥(じょうが)計画は、月面着陸や月面サンプルの採取、有人での月面着陸、月面基地の建設を目指しており、2013年12月に探査機「嫦娥3号」が、旧ソ連、アメリカに続いて3カ国目となる無人探査機での月面着陸に成功しました。
インドも月面探査に力を入れている国です。2008年にはじめての探査機として「チャンドラヤーン1号」を打ち上げ、2023年8月23日に、史上はじめて月の南極付近(南緯約69度)に無人探査機「チャンドラヤーン3号」を着陸させています。着陸したチャンドラヤーン3号は、ただちに探査車(ローバー)を下ろして、以降月の「昼」に相当する2週間(月の半日は地球の2週間に相当します)にわたって月面の探査走行を行いましたが、月の「夜」に入ってからは地球との通信が途絶えています。月の昼は110度、夜はマイナス170度と、月の1日には280度もの温度差があり、このような過酷な環境に耐えられる探査車を作ることは困難だからです。
これら新興国の活発な探査活動に、アメリカやロシア(旧ソ連)も対抗しています。インドの月面着陸の4日前、ロシアは無人探査機「ルナ25号」の月面への着陸に失敗しています。その前の無人探査機「ルナ24号」が打ち上げられたのが1976年のことだったので、明らかに中国やインドを意識しての打ち上げであるといえるでしょう。
そして日本も、2023年9月7日に宇宙航空研究開発機構(JAXA)が、無人探査機「SLIM(SMART LANDER FOR INVESTIGATING MOON)」を打ち上げ、2024年1月20日に世界で5ヶ国目となる月面着陸に成功しました。
「SLIM」の特長は、その名の通り形状が小さいことと、これまで各国の探査機が実現したことのない、着陸目標から誤差100メートル以内での着陸(精密着陸)を目指して設計されている点です。月面着陸は、着陸目標から数キロメートルの誤差が生じることがほとんどです。「SLIM」は、着陸予定の斜面にごろんと横たわるような形で着陸し、意図的に機体の一部を壊して着陸の衝撃を吸収する画期的な着陸方法をとっています。「SLIM」が月面着陸に成功したことで、月面探査の精度が飛躍的に向上すると予想されています。

JAXAが公開したSLIMの画像

【月に眠る資源――「水」】
なぜ今、各国が月面探査競争に乗り出しているのでしょうか。理由は、月に眠る資源の探査にあります。1994年にアメリカの探査機が、月の南極近くのクレーターに全く太陽の光が当たらない「永久影」と呼ばれることになる部分を発見し、その後の研究で、常にマイナス160度以下に保たれている永久影の内部に、水や氷が存在している可能性が高まりました。
この水を、月面での飲料水に利用するほか、水を水素と酸素に分解して、水素をロケット燃料に、酸素を燃料電池などのエネルギー源に利用することが考えられているのです。のちに説明する「アルテミス計画」などの月面探査計画では、2030年代までに月面に基地を建設して宇宙飛行士を滞在させ、月から火星への探査計画も想定されています。
地球から月を経由して火星までロケットを飛ばす燃料は、膨大な量が必要です。現在、地球から月へ物資を運ぶには、1キログラムあたり1億円必要とされており、地球から火星までの燃料を積んでいては費用が高額になってしまいます。そのためにも、月の水からロケット燃料を生成して費用を抑えることが期待されているのです。
ただし、まだ月面での水の発見には至っていませんが、先に紹介したインドの探査機「チャンドラヤーン3号」は、レゴリスと呼ばれる月の砂を採取して分析を行った結果、月の砂に硫黄が含まれていることを発見しました。硫黄は、月面開発に使う建築材料やバッテリーなどに利用できる可能性があり、今回の発見は、月面基地実現に向けてうれしいニュースとなりました。なお、レゴリスとは、月のように大気のない天体の表面に存在するさまざまな大きさの粒子の堆積層を指し、「月の砂」とは言っても、月面に衝突した岩石の破砕によりできたものなので、地球の砂とはかなり形状や性質が違います。
ただし、月の永久影の部分は、当初想定した以上に狭いと考えられるようになっています。それは、月の自転軸の傾きが、過去と現在とでは大きく変化しているためです。現在の月の自転軸はほぼ垂直なので(約1.5度傾いている)、南極付近の永久影に太陽光が当たることはありませんが、少なくとも約21億年前には、月の自転軸は現在よりも大きく傾いており、そのため太陽光が当たる部分も広く、当時の永久影の部分は現在の半分であったと考えられています。つまり、月の永久影が形成された期間は、当初の想定よりも短く、したがってここに蓄積されていると考えられる水や氷の量も少ないのではないかとの疑問が生じてきたのです
しかし、水は永久影の部分だけではなく、月の表面を覆う砂にも含まれていると推測されています。JAXAの試算では、月の砂に質量の0.5%以上の水が含まれているなら、地球から水を運ぶよりも費用が安くなるということです。地球の砂に含まれる水の量は質量の1%程度なので、意外にも月の砂に含まれる水の量は多いことがわかります。
月の砂から水を取り出すためにJAXAが検討している計画では、月面で半径300メートルの範囲で0.5~1mの深さまで砂を採取して水を抽出すると、年間50~60リットルのロケット燃料を10年分製造できるということです。月の水は、彗星やいん石、太陽風によって月の外からもたらされてきたと考えられています。その長く眠っていた月の水をロケット燃料にすることで、火星探査計画が実現されるとは、壮大な物語のようにも思えます。

月の南極付近の写真。
シャックルトンクレーターは深さが4キロあり、クレーター内には永久影の部分が存在しています。奥に見える青い星は地球です。

【日本の月面探査計画】
日本は、インドと共同で2025年度以降に月の南極を調査する「LUPEX」計画を進めています。これは、月の水などの資源探査と、月での表面探査技術の獲得を目的とした計画です。日本は、JAXAやトヨタ、三菱重工業などが共通で開発を進めるローバー技術を担当しています。
そのためには、地球上で月面の環境を再現する必要があり、日本各地で試験場の整備が進められています。月は地球の6分の1しか重力がなく、ローバーはレゴリスのような厳しい地形を走行する能力が求められるからです。2023年末までには北海道や東京、福島、鳥取に試験場が設置されました。このうち、北海道と東京の試験場は、月の重力環境を再現することができ、福島の試験場は地球から38万キロメートル離れた月との通信環境を再現することができるようになっています。
また、鳥取にある試験場「ルナテラス」は国内最大の砂丘である鳥取砂丘の一部に設置されたもので、屋外で月面のレゴリスの環境を再現しています。なぜ鳥取砂丘かというと、その起伏に富んでいる地形が、月面に似ている点があるからだということです。1日の寒暖差が280度におよぶ月面ではゴム製のタイヤは利用できないため、ルナテラスを利用して月面で使用できるタイヤの試作品テストなどが行われています。
日本の民間宇宙ベンチャー企業であるispace社は、2023年4月に成功すれば民間企業として初めてとなる月面着陸を試みましたが、月面に激突してしまい失敗に終わりました。この失敗を糧に、同社は、2024年・2025年にも新たな月着陸計画を予定しています。

【アルテミス計画と米露・米中対立】
一方、アメリカ航空宇宙局(NASA)も、国際協力によってあらためて有人での月面着陸を目指す「アルテミス計画」を立ち上げています。アルテミス計画には、NASAやJAXAのほか、欧州宇宙機関、カナダ、オーストラリアなどが参加しています。そして、NASAの主導のもと、2025年以降に人類を月面に送ったのち、月に物資を運んで月面基地を設置し、月での人類の恒久的な活動を目指すことが目的です。
2020年10月には、アメリカ、日本、カナダ、イタリア、ルクセンブルグ、アラブ首長国連邦、イギリス、オーストラリアの8ヶ国が「すべての活動は平和目的のために行われる」ことを明記した「アルテミス合意」に署名し、2023年9月までに韓国、ニュージーランド、ドイツなども加わり、署名国は29ヶ国アルテミス合意をアメリカが主導していることに反発しており、この枠組みには加わっていません。そのため、中国は独自の月探査計画である嫦娥計画を推進しており、2025年にかけて月の裏側から世界初の試料採取を目指しています。

【月面探査の歴史】
人類を月に送る計画は、アメリカを中心とする資本主義陣営と、ソ連を中心とする社会主義陣営が世界的に激しい対立関係にあった冷戦時代の初期(1950~60年代)にはじまりました。どちらが先に月面に人類を着陸させることができるのか、両国が国家的威信をかけて激しい競争を繰り広げたのです。それは、たんに宇宙への夢ではなく、大陸間弾道ミサイルの開発という軍事的な目的が隠された競争でした。
先行したのは、第2次世界大戦中に原爆開発でアメリカに先を越されたソ連でした。1959年にはじまった「ルナ計画」により、世界ではじめて月に人工物を激突させ、さらには地球からは見えない月の裏側がはじめて撮影されました。さらに1961年4月には「ボストーク1号」が世界初の有人宇宙飛行に成功します。ボストーク1号に搭乗していた宇宙飛行士のガガーリンが残した「地球は青かった」という言葉はあまりにも有名です。
1961年5月、このようなソ連の動きに対抗したアメリカは、1961年に当時のアメリカ大統領ケネディが「今後10年以内に人間を月に到達させる」というアポロ計画を発表します。そして1969年7月20日、アポロ11号が月面に着陸してニール・アームストロング船長とバズ・オルドリン着陸船操縦士の2人が月面に降り立ったのです。この模様は、テレビで世界中に生中継されました。

月周回衛星が撮影した画像を組み合わせて作成された月南極の写真。南極の地形の険しさが読み取れます。

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