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代替食品の可能性

【フードテクノロジーと人間の欲望の共存は可能か】
この頃、スーパーやコンビニの店頭で「大豆ミート」と書かれた商品を見かけることはありませんか? 大手ハンバーガーチェーンでも「大豆ミート」で作ったハンバーガーが販売されています。この「大豆ミート」のような食品は、ある食品に味や見た目、食感を似せて、全く別の材料から作られた人工的な食品で、代替食品と呼ばれています。健康や環境問題を気にする人びとが増えるなかで、代替食品は今後もひろがっていくのでしょうか。

【畜産業による環境への負荷】
代替食品のなかでもとくに注目されている食品が代替肉です。牛肉や豚肉、鶏肉の代わりとなるもので、主として豆類などの植物性タンパク質によって生産されています。
なぜ代替肉に注目が集まっているのかというと、家畜を飼育するには、たくさんの水や飼料を必要とするうえ、牛の出すゲップ(メタンガス)が地球温暖化の一因となっているなど、畜産業は地球環境にダメージを及ぼす産業であると指摘されるようになったためです。
たとえば、牛肉1キロを生産するためには、飼料として11キロの穀物が必要で、さらに水も、米を生産するのに利用する水の量の6倍必要です。世界の農産物収穫量のおよそ半分は飼料として使われており、人が食料として口にする量より多くなっています。
さらに、世界人口の増加により、今後2050年までの間に、世界での肉の消費量は1.8倍、とくに低所得国での消費量は3.5倍にまで増加すると予測されています。とくに中国での肉の消費量の伸びは著しく、今では中国が世界最大の肉消費国です。しかし、これ以上に畜産業を拡大することは、地球環境にも過大なダメージを与えてしまいます。
そのため、肉にかわる新たなタンパク質の供給源として期待されているのが代替肉です。代替肉には、大豆ミートのような植物肉のほか、微生物を発酵させて作る微生物発酵肉、さらに動物の細胞を培養して「本物の」肉を作る培養肉があります。

【プラントベースフード】
培養肉のうち、すでに商品化が進んでいるのが大豆ミートなどの植物肉です。植物からは、肉だけではなく、魚や卵、牛乳、バター、チーズなどの代替食品も作られており、これらを総称して「プラントベースフード」と呼んでいます。
プラントベースフードは、とくに先進国では環境問題や健康管理に意識の高い人びと(ベジタリアンやヴィーガン)からの支持を集めています。また、宗教上の理由から肉など特定の食品を口にできない人びとや、卵などの食物アレルギーを持つ人びとにとっても便利な商品です。
たとえば、卵の代替食品は、豆乳などの植物性原料を使って卵の風味や食感などを再現しています。溶き卵に似せたかたちで、卵を食べられない人向けの加工食品の原料に使用したり、オムレツのようなかたちにして売られている商品もあります。
物価高が進む現在、肉や魚の価格も上昇しています。つい最近では、こんにゃくからマグロの代替食品が作られました。この商品は、時間が経ってもマグロの色味が変わらないという特長を活かして、スーパーで売られるお惣菜の材料としての利用が検討されています。
このように、地球環境に負荷をかけることなく食材を作り出せるプラントベースフードは、SDGs(国連が推進する「持続可能な開発目標」)につながる「持続可能性の高い」新しい食文化であるとして、世界各国で推奨されるようになりました。とくに、食品生産の過程で排出される二酸化炭素の量を大幅に削減できることで、地球温暖化の防止にもつながると考えられています。
プラントベースフードの材料としてよく利用されるのが、日本の食生活ではなじみ深い豆類です。その他、日本ではエノキタケやこんにゃくを利用した植物肉もあります。とくに大豆は、さまざまな代替食品の原料となっています。大豆ミートの作り方を見ておくと、大豆から油分を抜き、加熱・加圧して、さまざまな形に成形されています。植物肉の使用で先行するアメリカで販売されている植物肉には、赤い生肉を加熱すると茶色くなるという視覚的な変化までリアルに再現している商品もあります。

【含まれる栄養素の違いには注意】
ただし、代替食品に含まれる栄養素は、本物の食品に含まれる栄養素とは異なることには注意が必要です。たとえば、植物肉は、あくまで植物性タンパク質から作られており、「肉」とはいっても動物性タンパク質は全く含まれていません。動物性タンパク質には、人が体内で作ることのできない必須アミノ酸9種類(バリン、イソロイシン、ロイシン、メチオニン、リジン、フェニルアラニン、トリプトファン、スレニオン、ヒスチジン)が含まれていますが、植物性タンパク質だけではこのうちリジンが摂取必要量に足りません。
また、植物性タンパク質の摂取だけでは、ビタミンB12やカルシウム、鉄などの栄養素が不足する可能性も高く、なんらかの方法でこれらの栄養素を追加で摂取する必要が出てきます。さらに、1種類の食べ物ばかりを摂取すると、健康にも影響が出てきます。たとえば、大豆ミートは、本物の肉よりも高タンパクで低カロリーなうえ、大豆由来の豊富な栄養素が含まれていますが、大豆に多く含まれるイソフラボンを過剰に摂取すると、体の中の女性ホルモンのバランスが崩れてしまい、生理不順を起こす可能性もあります。また、大豆は食物繊維を多く含んでいるため、お腹の弱い人は下痢を起こすことも知られています。
2015年、世界保健機関(WHO)の専門機関である「国際がん研究機関」が、牛や豚など赤身肉に発がん性があると発表したことで、肉を食べることに抵抗感を持つ人びとが増えました。一方で、植物性タンパク質を多く摂取するとさまざまな疾病による死亡リスクが低下するとも指摘されていますが、ベジタリアンやヴィーガンの人びとは、出血性脳卒中や骨折のリスクが高いことも知られており、肉を食べるにしても、代替肉を食べるにしても、栄養バランスには注意を払う必要があるでしょう。

大豆ミートを使用したテリヤキバーガー

【さまざまな代替食品】
プラントベースフード以外にも、さまざまな代替食品製造の試みがはじまっています。まずは、培養肉です。培養肉は、動物から採取した細胞を組織培養して人工的に製造した肉のことで、動物を殺す必要がなく、倫理面やアニマルウェルフェアなどの問題が生じないために、「クリーンミート」とも呼ばれています。肉牛を出荷可能なまでに育てるには2~3年かかりますが、培養牛肉なら、数週間程度で出荷が可能です。
アメリカではいくつかのスタートアップが、ビル・ゲイツら資産家から投資を集めて培養肉生産に向けた開発を進めてきました。アメリカ農務省は、2023年6月に培養肉の販売を許可し、スーパーやレストランで培養肉が提供されはじめました。ただし、培養肉の生産には相当なコストがかかるとともに、細胞を急速に培養することの安全性について疑問視する人もおり、一般市民の食卓に届くには時間がかかりそうです。さらに、培養肉を、3Dプリンターを利用して加工して、見た目・質感・風味をステーキに近づける研究も進行しています。
近年、急速に注目があつまっているのが、昆虫食です。2013年に国連食糧農業機関(FAO)が昆虫食に関するレポートを発表したのをきっかけに世界的に注目されるようになりましたが、実は日本では、古来より昆虫を食べる食文化がありました。山間部など十分なタンパク質を摂取できない地域で、イナゴや蜂の子、カイコなどを貴重なタンパク源として食べていたのです。
昆虫は、乾燥重量の半分以上をタンパク質が占めているうえ、水や飼料や土地も多く必要としないまま、短期間で成長して食用にできる点に関心が集まっています。とくに昆虫食の素材として注目を集めているのがコオロギです。コオロギは東南アジア全域で伝統的に食べられてきた昆虫で、日本でも一部の地域で食べられてきた歴史を持ちますが、現在使用されている食用のコオロギは、工場で育てた養殖のコオロギです。日本では、コオロギせんべいやコオロギチョコレートなどの販売もはじまりましたが、コオロギを食べることへの忌避感もあり、コオロギを畜産飼料として利用する方法も検討されています。また、世界では、宗教的な理由で昆虫を食べることが許されない地域もあり、昆虫食の普及の道は険しいかもしれません。
また、チョコレートの原料となるカカオ豆の価格が世界的に高騰していることから、カカオを多く消費するアメリカでは、カカオ豆の代替材料を開発し、チョコレートを製造しようとする動きもはじまっています。たとえば、カカオ豆の細胞を少量採取して増殖させることでチョコレートを製造しようとする試みもあります。また、ブドウやヒマワリの種から油をしぼったあとのしぼりかすに、チョコレートに近い味と香りをつけて、チョコレートの代替食品とする技術は、すでに実用化されています。

【代替食品に頼るより、まずはフードロスの削減を】
このような代替食品の生産など、食品生産の新たなビジネスモデルとして脚光を浴びているのが「フードテック(Food Tech)」という新たな産業です。フードテックは、従来型の農業や漁業、畜産業といった枠組にこだわらず、人工的技術を利用して食料生産、加工、販売に取り組むことで、食料不足や地球温暖化の危機に対応しようとしています。たとえば、この頃よく見かけるようになったファミリーレストランなどでの配膳ロボットも、フードテックの一環として開発された製品です。
ただし、より多くの食料の確保を目指して、人類がフードテックに頼り切ることには、まだまだリスクがあるでしょう。たとえば、代替肉の先進国であるアメリカでは、コロナ禍を経て、代替肉の人気が急激に落ちてきています。その理由として、代替肉は本物の肉に比べて価格が高いこと(代替牛肉は約2倍、代替豚肉や代替鶏肉は約3~4倍)、そしてやはり本物の肉の味には及ばないという消費者の評価があげられます。
また、アメリカでの人気の失速には、代替肉は本当に健康や環境に良いのか、という疑問が消費者のなかから生じていることもあります。代替肉は、植物性タンパク質を中心にしているとはいえ、味や食感、見た目を本物の肉に似せるためにさまざまな加工物を利用しているため、実際には、スナック菓子や清涼飲料水などの「ウルトラプロセスフード(超加工食品)」と変わらないのではないかとも指摘されています。
世界の人口増加や経済成長により、今後も世界の食料不足は続き、代替食品の必要性も高まるでしょう。しかし、今ある食料を大切に食べきることで、「フードロス」となるような食料を無駄にする行動を取らないことも、わたしたち消費者は意識すべきではないでしょうか。代替食品も、食べられないまま捨てられてしまえば、「フードロス」と何の変わりもありません。

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