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急増するクマ被害、その原因と対策は

【身近な野生動物とどう付き合うか】
全国で野生のクマによる被害が増加しています。環境庁によると、2023年のクマ被害は193件。217人が被害に遭い、そのうち6人が亡くなっています(12月末暫定値)。これまでは山でクマに襲われるケースがほとんどを占めていましたが、最近では街中に現れるクマ、アーバンベアが急増しており、人間との接触が多くなっているのです。
クマをはじめとする野生動物による被害が急激に増加している背景には、野生動物が人里に降りてきやすいような環境の変化があるようです。これまで棲み分けられていた人間と野生動物との生活圏の境界が揺らいでいる現状について調べました。

【増加するクマ被害その理由と対処】
クマは日本に住む私たちにとって身近な野生動物のひとつです。北海道にはヒグマ、本州の山野部の大部分と四国の一部にはツキノワグマが生息しており、合わせるとその生息域は日本の国土のおよそ40%に当たります。本来は臆病な性格で人間との接触を嫌がるため、以前は人里に降りてくることは多くはありませんでしたが、近年になって行動範囲が広がり、市街地でも頻繁に目撃されています。クマ被害が全国で最も多い秋田県では、「いつでも、どこでも、誰でもクマに遭遇するリスクがある」と住民に注意を呼びかけるほどです。

ツキノワグマ…本州山間部と四国の一部に生息。九州では絶滅したとみられる。オスは120〜150㎝、メスは100〜130㎝。体毛は黒く、胸部に月輪模様がある。
ヒグマ…北海道に生息。オスは150〜200㎝、メスは140〜170㎝。体毛は褐色から黒までさまざま。肩部の筋肉が盛り上がっている。

【理由①ドングリの凶作】
クマが人里に降りてくるようになった背景にはさまざまな要因が重なっています。最も直接的な要因は、ドングリの不作です。クマは雑食性で知られますが、主な食糧は季節ごとの植物や昆虫です。春には草や木の新芽、夏にはそれに加えて木の実や昆虫類を食べ、秋にはドングリ(ブナやナラなどの実)を大量に食べて冬眠に備えます。クマにとって大切な食糧であるドングリですが、数年周期で実をつける量が変動することがわかっています。昨年は不作の周期に当たったことに加え、猛暑の影響もあってか全国で記録的な凶作となりました。そのため、お腹を空かせたクマが餌を求めて人里まで降りてくるケースが増加したと考えられます。

【理由②行動範囲の拡大】
より長期的な要因としては、農村地域の過疎化や耕作放棄地の増加が挙げられます。日本では古くから人々が山野を切り開いて田畑をつくり、山から資源を得て生活を営んでいました。このように人の手で管理された山を里山といいます。人間と野生動物の生活圏は、里山という緩衝地帯によって程よく隔てられていました。しかし、過疎化や高齢化によって農業の担い手が少なくなると、手入れをする人のいなくなった里山は徐々に自然の山に戻り、田畑にも草が生い茂ります。このようにして、市街地の近くまで野生動物が身を隠して移動できる範囲が広がってきたのです。日本全体で進行する少子高齢化によって人間の活動が縮小し、その分だけクマの活動範囲が広がっているということもできるでしょう。

【人を恐れなくなっている】
人里に降りてきたクマは民家に植えられている柿の木や栗の木、軒先の干し柿、生ゴミなど栄養豊富な食糧にありつき、その味を覚えてしまいます。人里に降りれば食糧にありつけることを学習したクマは何度も繰り返し出没するようになります。これが現在問題になっているアーバンベアです。積極的に人間と接触しようとするクマは少ないものの、中には民家に入り込んだクマに襲われて住人が命を落とすという痛ましい被害も発生しています。

【「穴持たず」に用心を】
通常、クマは12月ごろから翌年の春まで木のうろや土の中に掘った穴に潜り、ほとんど活動せずに過ごします。一般的に「冬眠」と呼ばれる習性です。ところが、何らかの理由で冬眠に入れず冬も活動するクマもいます。
ドングリの凶作によってお腹を満たせず、鹿などの動物を口にしたクマは、肉の味を覚えて動物ばかりを狙うようになります。こうしたクマのうち、冬眠の時期になっても寝つけずに外をうろつくクマを「穴持たず」と呼びます。穴持たずは空腹のため通常のクマよりも凶暴になる上、動物を襲うことを覚えているので、人間も平気で襲ってくる可能性があります。1915年12月には、肉食化したヒグマが村を襲撃して7人が犠牲になる日本史上最悪のクマ被害が発生しました。この事件は「三毛別羆(ヒグマ)事件」として知られ、小説の題材にもなっています。また、2019年から度々家畜を襲って昨年駆除されたヒグマ「OSO18」も肉食を覚えてしまったクマでした。
暖冬となった今年はとくに冬眠に入らないクマが増えているとも言われ、例年よりも注意が必要です。

【クマ被害に遭わないために】
クマに出会う可能性のある場所では、出会いがしらにクマを驚かせないことが何よりも大切です。クマ除けの鈴を身につけたり、スマホから音楽やラジオを流したりして、人間がいることを気づかせるようにしましょう。音に敏感なクマは、人間の気配を察知すると自分から寄ってくることはほとんどありません。それでも出会ってしまったら、クマから目を逸らさず、ゆっくり後退りするようにしてその場を立ち去りましょう。走って逃げると、クマは本能的に追いかけてきます。登山などではクマ撃退スプレーを携行して万一に備えることも大切です。
アーバンベアに出くわす可能性のある地域では、河川敷や住宅の周りの伸びた草を刈る、果樹や農作物、生ゴミを放置しないなど、クマを寄せつけないための対策が有効です。

クマとどう付き合っていくか
【クマは森の管理人】

ここまで害獣としてのクマに焦点を当ててきましたが、クマは日本の生態系に欠かせない存在でもあります。主な食糧は植物であり通常はシカなどの動物を好んで食べるわけではないので、クマを全て駆除してしまっても生態系への影響はそれほどないのではないか、と考える人もいますが、そうではありません。クマは「森の管理人」だと言われます。
クマは木によじ登り、枝を折り取ってドングリの実を食べては、残りの枝をお尻の下に敷くように重ねていく習性があります。こうしてクマが食事をした後に残された大きな鳥の巣のような枝のかたまりを「熊棚」といいます。熊棚にはヤマネなどの小動物が棲みつくほか、枝を折り取ることで日光が差し込むようになり、サルナシやヤマブドウなどの生育にも役立っています。また、たっぷり木の実を食べたクマが広範囲を歩き回りあちこちにフンをすることで、そこから木の芽が芽吹きます。クマは樹木の種子を拡散し、森林を元気に保つ役割も担っているのです。
クマが棲めるような豊かな森を守ることは日本固有の自然を守ることにつながり、そこから得られる豊かな森林資源や、栄養分を含んだ水が川から海に流れ込むことで育まれる海洋資源を保全することにもつながります。反対に、クマを絶滅させてしまったら、豊かな森林もまた失われてしまうかもしれません。

【北海道のヒグマ政策】
日本におけるクマ対策は、保護と捕獲・駆除とのバランスによって成り立ってきました。北海道のヒグマの例を見てみましょう。
北海道では、ヒグマがもたらす人的被害と農業被害を減らすため、1962年からヒグマ捕獲奨励事業を開始。1966年には、冬眠中や冬眠明けの駆除が容易なクマを駆除する「春グマ駆除」を開始しました。この結果、ヒグマによる被害は大きく減少した一方で、一時期は絶滅が危惧されるほど生息数が激減することとなりました。それまで捕獲・駆除によってとにかく被害を減らすことが重視されてきたクマ政策ですが、1980年代には希少生物を保全する世界的なトレンドの高まりもあり、転換が図られることになります。
春グマ駆除は1990年に廃止され、ヒグマは駆除対象ではなく保護対象とみなされるようになりました。その結果、1990年には推定6000頭前後だった道内のヒグマの生息数は、現在10000頭前後まで回復しました。

【保護から管理への転換を】
春グマ駆除が廃止されてから30年以上が経った現在の状況はどうでしょうか。ヒグマの世代交代によって人間を恐れない「新世代クマ」が人里に出没するようになっています。ヒグマ被害が再び増加してきたことを受けて、道庁では2023年から33年ぶりに春グマ駆除を再開しました。
全国的に見て、クマ政策はこれまでの「保護」から、適切に生息数や生息域をコントロールする「管理」への転換が求められています。しかし、そこで課題になるのがハンター不足です。保護政策が取られていた期間中、熟練ハンターから新人ハンターへの技術継承がなかなか進まず、高齢化が進行しています。昨年、狩猟免許の受験者数は増加したとも報じられていますが、クマ対策ができるまで経験を積むには10年単位の時間が必要だという経験者の声もあり、楽観視はできない状況です。
また、現状クマを駆除するのは仕方のないこととは言え、動物福祉の観点から見ると殺処分はなるべく避けるべきだという意見もあります。クマの生態をよく把握し、可能な限り人里に近づけない方法を模索することや、本来の自然環境を取り戻す努力もこれまで以上に必要になるでしょう。

【クマだけではない野生動物被害】
野生動物の被害の増加傾向はクマだけにとどまりません。シカは近年個体数を爆発的に増やしており、クマ同様に行動範囲を人里にまで拡大したことで農業被害や自動車との接触事故が多発しています。人里に食糧を求めて降りてくるイノシシの目撃例も後を絶ちません。イノシシは鋭い牙を持っているため、突進されると命にかかわる怪我を負う危険があり注意が必要です。千葉県ではシカの仲間で外来生物のキョンが生息数を増やしており、畑や住宅地の花壇、植木を食べるなどの被害をもたらしています。
北海道のキタキツネが宿主として知られるエキノコックスは、キツネや犬などイヌ科動物から人間に感染し、肝臓や肺に寄生して重篤な障害を引き起こす恐ろしい寄生虫です。近年になって愛知県知多半島で相次いで野犬への感染が見つかり、2021年には知多半島に定着したと報告されました。これに対して、愛知県では駆虫薬入りの餌を散布するなどの対策を行っています。
人間と野生動物は、適度な距離を保ってこそ良好な関係を築くことができます。街中で野生動物に出会った際は、一見危険がなさそうでも無闇に接触しないこと、そして決して餌付けをしないことが大切です。

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