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「梅雨」をめぐる言葉たち

【東アジア共通の「梅雨」と人々の営み】
6月の日本は梅雨のシーズンです。「梅雨」は、気候的には雨期の一種で、日本だけでなく中国南部、台湾、韓国でも見られる現象です。古代以来、人々がどのように梅雨と向き合ってきたのか、文化と災害の視点から調べてみました。

【梅雨の語源は中国にあった】
6~7月にかけて長雨をもたらす梅雨前線は、北の「オホーツク海高気圧」と南の「太平洋高気圧」のぶつかり合いによって作られます。なぜこの時期に梅雨前線が発生するのかは、インド洋で発生するモンスーンと強い関係があります。ヒマラヤ山脈の南側を迂回して流れてくるモンスーンが、日本付近でチベット高原から流れてくる偏西風と合流することで、梅雨前線が形成されるのです。
年によっては、梅雨前線は東アジア南部を横断して1万キロにわたって発生することもあります。とくに中国南部、台湾、韓国、日本は、古代から梅雨の影響を強く受けてきました。
「梅雨」とは、古代中国で、長江流域で梅の実が熟する時期に降る雨という意味で「梅雨(ばいう)」と名付けられたという説と、湿気により黴(カビ)が生えやすい時期の雨だという意味で「黴雨(ばいう)」と名付けられ、のちに同じ読みで季節に合った「梅」の字を使い「梅雨」と呼ぶようになったという二つの説があります。

【古代・中世の日本での表現】
このように中国に由来する「梅雨」という言葉は、すでに平安時代には日本に伝わっていたようです。
しかし、当時の日本では、旧暦(太陽太陰暦)の5月頃(現在の6月頃)に降り続く長雨として、「長雨」(ながめ)や「五月雨」(さみだれ・さつきあめ)という言葉を使うのが一般的でした。「五月雨」とは、旧暦の5月を意味する「さ」と「みだれ(水垂れ)」を組み合わせてできた言葉です。『万葉集』(7世紀末~8世紀末)には「長雨」を詠んだ歌が多くありますが、ただしこの「長雨」は梅雨の時期に限らず、どの季節の長雨にも使われる言葉でした。
「五月雨」が梅雨を指すことが一般化したのは、10世紀ころのことです。平安時代(10世紀初め)に作られた『古今和歌集』には、紀友則の「五月雨に物思ひをれば時鳥(ほととぎす)夜深く鳴き手いづち行くらむ」などの歌があります。この紀友則は『土佐日記』の作者である紀貫之のいとこで、当時の著名な歌人でした。
また、現代では、「五月晴れ」という言葉は、「梅雨の晴れ間」という意味と、「5月の晴れ渡った空」という二つの意味で使われています。これは、旧暦の5月は梅雨にあたっていて、「梅雨の晴れ間」の貴重な晴れの日を表す言葉であったのに対し、新暦(太陽暦)の5月は梅雨入り直前の晴れやかな気候を表す言葉となったからです。

【「梅雨」の読み方それぞれ―「ばいう」前線と「つゆ」】
現在の日本では「梅雨」は、「梅雨前線」と言うときには「ばいう」、季節としての「梅雨」を指すときには「つゆ」と発音します。梅雨を「つゆ」と呼びはじめたのは、江戸時代に入ってからのことです。
「つゆ」と聞いて思い浮かぶのは、水滴などの「露」でしょう。雨にぬれた梅の実からしたたる露から転じて「梅雨」=「つゆ」となったという説もありますが、「梅雨」により熟した梅の実が枝から落ちてつぶれてしまうことを「潰える」という言葉が変化した「潰ゆ(つゆ)」と表現したことから、「梅雨」=「つゆ」となったという説もあります。
また、「黴」が語源のひとつとされるように、じめじめした天気が続く梅雨の時期には、食べ物にカビが生えたり、腐ったりすることから、同じく「潰ゆ(つゆ)」と表現したという説もあります。
どちらにせよ、1月から3月にかけてきれいな花を咲かせて、5月に実をなす梅が、東アジアの人びとの暮らしと深く結びついてきたことは間違いありません。弥生時代に長江から伝来した梅は、最初は漢方薬として利用され、のちには梅干しなど、わたしたちの暮らしに欠かせないものとなってきたのです。

江戸時代の梅雨の風景(二代目歌川広重「東都三十六景 下谷広小路」より)

【天気予報と梅雨の予測】
さて、このように古代から続いてきた梅雨の季節ですが、気象庁が梅雨に関する気象情報を発表しはじめたのは、1986年からです。それまでも、「お知らせ」として報道機関などに梅雨入りの情報などの連絡はしていましたが、その連絡がはじまったのも1950年代とされています。
なぜ1986年から梅雨に関する気象情報が発表されはじめたのかというと、この時期から梅雨の大雨による災害が増えていき、その注意喚起が必要であると考えられたためです。実際、近年では線状降水帯の発生により、梅雨末期には例年多くの豪雨災害が起きています。
ただし、梅雨入り・梅雨明けの正確な日にちを決定することは簡単ではありません。全国各地の気象台による梅雨入りの発表は、①梅雨入り当日が「曇りや雨の天気」で、②その前日と前々日も「曇りや雨の天気」で、③梅雨入り翌日以降も「曇りや雨が続く天気」と予想される、との三つの条件がそろってはじめて行われています。また、梅雨明けも、「曇りや雨が続かず、晴れの日が出てくる天気」を目安に発表されています。さらに、気象庁では、毎年9月にその年の梅雨入り・梅雨明け情報が正確であったかを事後検証しており、より精度の高い情報の発信に努めています。

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